<オピニオン6>
 「急がば回れ」のこころ−不確実性を評価する

 むかし、草津から大津まで行くのに2つのルートがありました。1つは、徒歩で東海道を行くルートです。しかし、このルートは瀬田川を渡る所で唐橋まで南下しなければいけません。遠回り感がありました。もう1つは矢橋(やばせ)の湊に出てそこから舟で大津まで行くというものです。これなら湖上を直進できるので早く着くことができます。しかし、時には比良八荒と呼ばれる強い風が吹いて、舟が出ないことや、悪くすれば転覆する危険すらあるのです。急いで大津に行きたいとき、あなたならどちらのルートを選ぶでしょうか。
 これについて、室町時代の連歌師 柴屋軒(さいおくけん)宗長(そうちょう)は、「武士(もののふ)の やばせの舟は 早くとも 急がば回れ 瀬田の長橋」と詠みました。宗長は駿河(今の静岡県)に生まれ、若いときは今川 義忠に仕えましたが、義忠の死後は京都に出て著名な連歌師であった宗祇(そうぎ)に学んでめきめき頭角を現しました。その後、駿河に帰って再び今川家に仕えたのですが、連歌の催しがあるとたびたび京都との間を往復しました。ですから、大津に行くのにどちらのルートを採るべきか悩んだことも一度ならずあったのでしょう。
 私たちが急ぐのは、大切なことを確実に仕上げないといけないのに予定より遅れている場合だと思われます。このような時、がんばって遅れを取り戻そうと考えるべきでしょうか、それとも、これ以上の遅れを出さないようにしようと考えるべきでしょうか。宗長は、自らの経験から後者を推奨しました。うまくいけば早いかもしれないが不確実な方法よりも、遅くても確実な方法を採りなさいと言っているのです。
 私たちが急ぐ時、しばしば焦りの心を伴います。しかし、焦った時には物事の表面だけが見えてそこにあるはずの不確実性に思いが届きません。あるいは、不確実性がもたらす結果について過小評価しがちです。また、「がんばる」という名のもとに実現確実性の低い計画を強行することにもなりかねません。焦りの中に潜む不確実性を把握しないまま行動に移せば、思わぬ(これはあくまで焦っている当人にとって予想できなかっただけで冷静に考えれば十分に起こり得た)事態に直面して、回復不可能な失敗につながるかもしれません。宗長はこれを警告したのでした。
 情報化社会の現代ならば、気象情報を確認したり運行状況を問い合わせたりすれば、舟にもかなりの確実性が見込まれるかもしれません。どちらのルートを選ぶかというのを教条主義的に決めるのではなく、不確実性を多面的かつ客観的に評価した上でその都度 冷静に判断することが大切なのだと思います。
 









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